siawasefusen_vol139
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つものようにこう言いました。「お腹、空いたよー」メンでもいいかな」と、不甲斐なさそうに言いまかったのです。娘は黙って頷き、カップラーメンで亡くなりました。最後は少し苦しんだものの、こか穏やかでした。「おじいちゃんに、最後に会ってあげよう」。私ことは、私が思う以上に酷なことだったのかもそんなある日。学校から帰ってきた娘が、い父が自宅で過ごした最後の日。「カップラーした。なっとうサンドを作る体力は、もうなをすすりました。でも、その目にはうっすら涙がにじんでいました。小さいながらも、何かを感じ取っていたのでしょうか……。寒さが和らぎ、梅の便りが届く頃、父は病院眠るように息を引き取りました。その表情はど娘は、父の病室に入ることができませんでした。は娘に声をかけましたが、娘は頑なにそれを拒みました。思えば物心ついて以来、娘はずっと父と過ごしてきて、病に倒れ衰弱していく様子をずっと見てきました。幼い心に、いつも一緒に過ごしてきた祖父の死というものを受け入れるしれません。やがて娘も小学生となり、早生まれだったので周りの子どもたちと比べて身体が小さいことを、父はいつも心配していました。一人で通学するようになってからは事故に遭うことを心配して、毎朝、自宅近くの角に立って、娘の登校を見守ってくれていました。娘は学校が終わると、私の両親の家に帰っていました。玄関を開けるなり言うのが、決まってこのひと言でした。「お腹、空いたよー!」。そんな娘のために、父はいつも「なっとうサンド」を作ってくれました。納豆をパンに挟んで、トースターで焼くだけ。でも、それが娘にとっては世界一のおやつだったのです。美味しそうに食べる孫娘を見て、父は幸せそうな顔をしていました。季節が変わったある日。それまで大きな病気をする事の無かった父に、癌が見つかりました。見つかったときには、すでに手遅れに近い状態でした。父は治療をあきらめず、抗がん剤治療を受け病気と闘っていましたが、日に日に細くなっていく身体。立ち上がれなくなるのに、時間はかかりませんでした。         12

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